生きた家畜の海上輸送:国境を越える動物たちの現実と課題
生きた家畜の海上輸送(生体輸出)は、動物福祉の重大な問題をはらみつつも、世界各地で続けられている国際取引です。本ガイドでは、その実態、統計、課題、地域差、そして変わりゆく規制と解決策を解説します。
更新日 · 2026年9月5日

簡潔な答え
生きた家畜の海上輸送は、主にオーストラリアやブラジルから中東・東南アジアへ行われており、過密状態や長距離輸送による動物の苦痛が深刻な問題です。規制は強化されつつありますが、現状では動物福祉の基準が不十分で、輸送中の死亡率は平均0.8%、熱ストレス時には5%を超えることもあります。
要点
- オーストラリアは世界最大の生きた羊の輸出国で、年間約150万頭以上を輸出しています。
- EU域内では毎年約400万頭以上の生きた牛が国境を越えて輸送されています。
- 海上輸送中の羊の死亡率は平均0.8%ですが、熱ストレス時には5%以上に達します。
- ニュージーランドは2023年に羊の海上輸出を全面禁止しました。
- 欧州食品安全機関(EFSA)は、輸送時間が8時間を超えると動物福祉が著しく悪化すると指摘しています。
- 培養肉や植物由来の代替肉など、生体輸出に代わる新たなタンパク質供給手段が開発されています。
生きた家畜を海を越えて運ぶ生体輸出。この言葉を聞いて、多くの人は日常の食卓と結びつかないかもしれません。しかし、世界中の食肉需要を支える裏側で、牛や羊、鶏たちが過酷な輸送の旅を強いられています。生体輸出は、オーストラリアやEUなどから中東や東南アジアへ、年間数百万頭規模で行われており、動物たちは過密状態の船やトラックで数週間にわたって運ばれます。その過程で、多くの動物がストレスや負傷、疾病、さらには死亡に見舞われており、動物福祉の観点から深刻な倫理的課題となっています。
このページでは、生体輸出の実態と、なぜそれが大きな倫理的課題となっているのかを、具体的なデータとともに解説します。輸送の仕組みやコスト、代替手段、地域ごとの規制の違い、そして私たち消費者ができることまでを網羅します。動物たちの苦痛を減らすために、今何が起こっていて、何が変わりつつあるのかを、科学的な根拠に基づいて見ていきましょう。
What it is
生体輸出とは、生きた家畜(主に牛、羊、山羊、鶏など)を、国内の飼養施設から海外の肥育場や食肉処理場へ輸送する国際取引のことを指します。輸送手段は主に船舶が使われますが、陸路を数千キロにわたってトラックで運ばれることもあります。この産業は、輸入国側の食肉需要に応える形で、特にオーストラリア、ブラジル、米国などから中東、東南アジア、アフリカ諸国へと行われています。輸出される動物は、輸送中も生きたままであることが取引の条件であり、到着後の肥育や屠殺を目的としています。
生体輸出は古くから行われてきた貿易形態ですが、その規模と方法は過去数十年で大きく変化しました。冷凍技術が発達する以前は、生きた家畜を運ぶことが長距離の食肉供給の唯一の方法でした。現在でも、宗教的な屠殺方法(ハラールやシェヒーター)を求める市場や、現地の肥育産業を育成したい国々では、生体輸出への需要が根強く残っています。ただし、動物福祉の観点から、この慣行は国際的に厳しい目で見られるようになっています。

Why it matters
生体輸送は、動物福祉の観点から大きな問題をはらんでいます。船内やトラック内は過密状態で、換気が不十分なことも多く、動物たちは暑さや寒さ、振動、騒音、そして長期間の絶食や飲水制限に晒されます。負傷や疾病が発生しても、移動中の適切な治療はほとんど行われません。さらに、輸送中に死亡する動物も少なくないのが現実です。例えば、オーストラリアから中東への羊の輸送では、1回の航海で数千頭が死亡した事例が報告されています。動物たちの苦痛は、単なる経済的損失を超えた倫理的問題であり、国際的な動物福祉基準の遵守が求められています。
動物福祉の科学的な理解は近年大きく進展し、動物が痛みやストレスを感じる能力があることは広く認められています。輸送中のストレスは、免疫機能の低下や疾病リスクの増加をもたらし、到着後の生産性にも悪影響を及ぼします。このため、動物の苦痛は経済的損失にも直結するという指摘があります。国際獣疫事務局(WOAH)は、動物の輸送に関する基準を定めていますが、その遵守は各国の自主的な取り組みに委ねられており、実効性には限界があります。
The numbers
具体的な数字を見ると、生体輸出の規模と影響がより明確になります。以下に、重要な統計をまとめます。
- オーストラリアは世界最大の生きた羊の輸出国で、年間約150万頭以上を輸出しています(オーストラリア政府農業省、2023年)。
- EU域内では毎年約400万頭以上の生きた牛が国境を越えて輸送されています(欧州委員会、2020年)。
- 2020年の調査によると、海上輸送中の羊の死亡率は平均0.8%ですが、熱ストレス時には5%以上に達することがあります(オーストラリア政府、2020年)。
統計の信頼性には注意が必要です。輸送中の死亡数はすべて報告されるわけではなく、実際の数字はさらに高い可能性があります。例えば、2017年にオーストラリアから中東へ向かう船で約2,400頭の羊が死亡した事件では、報告された死亡率は公式統計を大幅に上回っていました。欧州食品安全機関(EFSA)は、輸送時間が8時間を超えると動物の福祉が著しく悪化すると指摘しています(EFSA、2022年)。さらに、輸送中の負傷や疾病は報告されないことが多く、死亡率だけでは実態を捉えきれません。
| 指標 | 数値 | 出典 |
|---|---|---|
| オーストラリアの年間羊輸出頭数 | 約150万頭 | 豪政府、2023年 |
| EU域内の国境越え牛輸送頭数 | 約400万頭 | 欧州委員会、2020年 |
| 海上輸送中の平均死亡率(羊) | 0.8% | 豪政府、2020年 |
| 熱ストレス時の死亡率(羊) | 5%以上 | 豪政府、2020年 |
| 輸送時間の福祉悪化閾値 | 8時間 | EFSA、2022年 |
| ✅ 重要:死亡率はあくまで氷山の一角であり、負傷やストレスの影響は数値に表れにくい。 |
How it works in practice
実際の輸送プロセスは、動物が農場を出発してから目的地に到着するまで、複数の段階に分かれます。まず、輸出用の家畜は農場で選別され、検疫やワクチン接種などの準備が行われます。その後、トラックで港湾施設まで運ばれ、そこで船に積み込まれます。積み込みは、ランプやクレーンを使って行われますが、動物にとっては非常にストレスフルな体験です。海上輸送中は、動物は仕切りで区切られたスペースに収容され、飼料と水は定期的に与えられますが、その量と質は十分とは言えません。航海が終わると、動物はまたトラックに積み替えられ、最終的な肥育場や食肉処理場へ運ばれます。
生きた家畜の輸送には、以下のような特有の課題があります。
- 船内の換気や温度管理が難しく、特に赤道付近を通過する際には熱ストレスのリスクが高まります。
- 長時間の立位や振動により、関節痛や蹄の損傷が発生しやすくなります。
- 群れの順位が崩れることで、闘争や怪我が増えることがあります。
輸送の距離と時間は、輸出元と輸入先の組み合わせによって大きく異なります。オーストラリアから中東向けの羊の航海は、通常10日から20日かかりますが、悪天候や検疫の遅延でさらに長引くこともあります。EU域内では、生きた牛がスペインからイタリア、あるいはルーマニアから中東へと、陸路や海路で数日から数週間かけて輸送されます。
Costs and trade-offs
生体輸出は、輸出国と輸入国の双方に経済的利益をもたらしますが、その代償として動物福祉や環境への負荷が生じます。輸出国の農家は、生きた動物を輸出することで、国内の食肉加工施設を経由せずに収入を得られるという利点があります。また、輸入国は、自国の食肉需要を満たすと同時に、国内の肥育産業を育てる機会を得られます。しかし、この経済モデルは、動物の苦痛を外部化しており、持続可能性の観点から批判の対象となっています。
環境面では、生きた家畜の輸送は、屠体や冷凍肉の輸送に比べて二酸化炭素排出量が大きいとされています。動物は輸送中も呼吸をし、排泄物を出すため、船内の衛生管理にも追加のコストがかかります。また、輸送中の死亡や負傷は、経済的損失を直接生み出します。例えば、2017年の羊大量死事件では、オーストラリアの輸出業者が数億円規模の損失を被りました。
動物福祉の改善にはコストが伴いますが、長期的には企業の評判や市場アクセスにプラスに働く可能性があります。例えば、動物福祉基準の高い輸出業者は、プレミアム価格を設定できる場合があります。逆に、基準を満たさない企業は、消費者からの不買運動や規制強化のリスクに直面します。
Common objections
生体輸出の支持者は、この慣行が発展途上国における食料安全保障に不可欠であると主張します。実際に、中東やアフリカの一部の国では、生きた家畜が主要なタンパク質源であり、輸入がなければ食肉価格が高騰する可能性があります。また、宗教的な屠殺方法を重視する市場では、生きた動物の輸入が文化的に重要とされています。さらに、輸出業者は、最新の輸送技術と福祉基準を導入していると強調し、批判は時代遅れの事例に基づくものだと反論することがあります。
しかし、これらの主張には反論があります。食料安全保障の観点では、冷凍肉や屠体の輸入でも同等の栄養を提供でき、輸送コストも削減できます。宗教的配慮についても、多くのイスラム教国では冷凍肉のハラール認証が確立されており、生きた動物を輸送する必要は必ずしもありません。さらに、技術の進歩だけでは、長距離輸送中の動物のストレスや死亡を完全に防ぐことはできず、動物福祉の科学的研究は、輸送時間の短縮が最も効果的な対策であると示しています。
「ボトムライン:生体輸出は、代替手段でカバーできるニーズを、動物の苦痛という高い代償を払って満たしているに過ぎない。」
Regional angle
生体輸出の状況は地域によって大きく異なります。オーストラリアとニュージーランドは、世界最大の生きた羊の輸出国ですが、ニュージーランドは2023年に羊の海上輸出を全面禁止しました。オーストラリアは依然として輸出を続けていますが、政府は動物福祉基準の強化と輸出モニタリングの改善に取り組んでいます。ブラジルと米国は、主に牛の輸出国であり、中東や東南アジア向けの輸出が中心です。
EUは、動物福祉の観点から最も厳しい規制を持つ地域の一つですが、域内の国境を越えた輸送は依然として行われています。欧州委員会は2023年に動物福祉法の改正案を発表し、輸送時間の上限設定や輸送条件の改善を提案しています。一方、中東諸国は生体輸入の主要な受け入れ先であり、ハラール認証や検疫制度を整備しています。アフリカ諸国の中には、国内の畜産産業を保護するために輸入制限を課す国もあります。
地域ごとの違いは、動物福祉基準の国際的な調和を難しくしています。しかし、消費者やNGOの圧力により、徐々に基準が引き上げられる傾向にあります。例えば、欧州の複数のスーパーマーケットチェーンは、生きた動物の輸送を伴うサプライチェーンを段階的に廃止することを表明しています。
What's changing
世界的に、生体輸出に対する規制と批判が強まっています。欧州連合(EU)は2023年に動物福祉法の改正案を発表し、生きた動物の輸出を制限する方向で議論を進めています。ニュージーランドは2023年に羊の海上輸出を全面禁止しました。また、技術の進歩により、生きた家畜を運ぶ代わりに、屠体や冷凍肉、遺伝子材料(精液や受精卵)を輸出する「代替輸出」が増加しています。これにより、動物の輸送距離を大幅に減らし、福祉のリスクを低減できると期待されています。
消費者や動物保護団体の圧力も高まっており、小売大手が生体輸出由来の製品を扱わない方針を打ち出す動きもあります。例えば、欧州の複数のスーパーマーケットチェーンは、生きた動物の輸送を伴うサプライチェーンを段階的に廃止することを表明しています。さらに、研究機関やスタートアップが、培養肉や植物由来の代替肉など、動物の輸送を不要にする新しいタンパク質源を開発しています。
政府レベルでは、動物福祉を貿易政策に組み込む動きも進んでいます。例えば、EUは貿易協定において、相手国に動物福祉基準の遵守を求める条項を盛り込むことが増えています。こうした変化は、生体輸出が長期的には縮小し、より持続可能な方法に置き換わる可能性を示しています。
What you can do
個人レベルでの行動としては、まず動物福祉認証のある畜産物を選ぶことが挙げられます。認証ラベルは、飼育や輸送の過程で一定の基準を満たしていることを保証します。また、生体輸出に関する情報を広め、周囲の人々と議論することも重要です。消費者が動物福祉に関心を持ち、企業や行政に改善を求める声が大きくなれば、政策や市場の変化を促すことができます。
具体的なアクションとして、以下のようなステップを実践できます。
- 購入する際に、製品の原産地や輸送方法を確認し、可能な限り地元産やトレーサビリティの明確なものを選ぶ。
- 動物福祉認証(例:認証アニマルウェルフェア、RSPCA認証など)のロゴを確認する。
- 生体輸出に関する請願やキャンペーンに参加し、議員や企業に意見を伝える。
最後に、植物由来のタンパク質を選ぶことも一つの選択肢です。大豆、えんどう豆、レンズ豆などを原料とした代替肉は、動物の輸送を伴わず、環境負荷も低いとされています。完全な移行が難しい場合でも、週に数回の選択を変えるだけでも、動物の苦痛を減らすことにつながります。
✅ 今日からできること:
- 動物福祉認証のラベルを確認する
- 生体輸出の問題についてSNSで情報を共有する
- 植物由来の食事を週に1回試してみる
生体輸出の費用と経済的影響はどうなっているのか
生体輸出の費用は、単純な輸送費だけでなく、検疫、ワクチン接種、船内の飼料と水、保険、そして輸送中の死亡リスクに備えたコストを含みます。オーストラリア畜産協議会の試算によると、1頭の羊を中東に海上輸送するコストは、冷凍肉として送る場合の約2倍になるとされています(畜産業界レポート、2022年)。このコスト差は、生きた動物が輸送中も呼吸し、排泄し、餌を食べる「生きた貨物」であることに起因します。
しかし、輸入国側では、生体輸出が現地の肥育産業や屠殺業者に雇用を生み出すという経済的側面があります。例えば、インドネシアやフィリピンでは、輸入された生きた牛を現地で肥育し、消費者に販売するビジネスモデルが定着しています。このような現地産業の保護という観点から、生体輸出を完全に廃止することは、単なる輸送方法の変更ではなく、輸入国の経済構造全体に関わる問題です。相殺されるべきは、こうした短期的な雇用効果と、動物の長期的な苦痛および環境負荷のバランスなのです。

宗教的な屠殺方法と生体輸出の複雑な関係
宗教的な屠殺方法(ハラールやシェヒーター)の要求は、生体輸出が存続する大きな理由の一つですが、実際には冷凍肉でも対応可能であることが多くの市場で証明されています。インドネシアやマレーシアでは、国営機関がハラール認証を取得した冷凍牛・羊肉の輸入を積極的に推進しており、生きた動物の輸入量は年々減少傾向にあります(FAO貿易統計、2023年)。この動きは、宗教的戒律が生体輸出の絶対的な要件ではないことを示しています。
ただし、宗教的屠殺が行われる現地の屠殺施設が整備されていない場合や、特定の祝祭日における需要が急増する場合には、生きた動物の輸入が依然として選ばれることがあります。例えば、サウジアラビアのハッジ期間中は、巡礼者向けの生きた羊の需要が一時的に急増します。このような需要変動に対しては、事前予約制の輸入や、地域内での屠殺施設の建設支援といった、より持続可能な対応が模索されています。問題の本質は、宗教的配慮と動物福祉を両立させる屠殺方法の確保にあると言えるでしょう。
生体輸送における動物のストレスと科学的なエビデンス
動物が輸送中に受けるストレスは、単なる身体的な不快感だけでなく、ホルモンバランスや免疫機能にも深刻な影響を及ぼすことが科学的に証明されています。国際獣疫事務局(WOAH)の専門家パネルは、輸送中のコルチゾール値の上昇が、病気への感受性を高め、到着後の回復期間を大幅に延長させるという研究結果を報告しています(WOAH、2021年)。この科学的エビデンスは、動物福祉の議論を感情論から実証的な領域に移行させました。
具体的には、以下のようなストレス要因が特定されています。
- 移動による乗り物酔いや平衡感覚の乱れが、吐き気や食欲不振を引き起こす
- 過密状態による社会的ストレスが、攻撃行動や負傷を増加させる
- 温度と湿度の急変が、熱中症や低体温症のリスクを高める
- 不慣れな騒音や振動が、動物の睡眠パターンを著しく妨げる
これらのストレス要因は、輸送時間に比例して累積的な影響を及ぼします。欧州食品安全機関(EFSA)の研究によれば、輸送時間が24時間を超えると、動物の死亡率と罹患率が指数関数的に増加することが示されています(EFSA、2022年)。このため、輸送時間の短縮が最も効果的な福祉改善策であるという科学的なコンセンサスが形成されつつあります。
家畜の代替輸出手段:冷凍肉と遺伝子材料の比較
生体輸出の代替手段として、冷凍肉、屠体、そして遺伝子材料(精液や受精卵)の輸出があります。これらの代替手段はそれぞれに長所と短所があり、輸出国と輸入国の事情に応じて選択されています。表に整理すると以下のようになります。
| 輸出手段 | 動物福祉 | コスト | 現地産業への影響 | 宗教的対応 |
|---|---|---|---|---|
| 生体輸出 | 最低 | 高 | 肥育・屠殺で雇用創出 | 現地屠殺で対応可能 |
| 屠体輸出(冷蔵) | 良好 | 中 | 加工・小売で雇用創出 | ハラール認証で対応可能 |
| 冷凍肉輸出 | 良好 | 低 | 加工・小売で雇用創出 | ハラール認証で対応可能 |
| 遺伝子材料輸出 | 最良 | 中 | 現地で肥育産業育成 | 屠殺は現地で実施 |
この表から明らかなように、冷凍肉や屠体の輸出は、動物福祉とコストの両面で優れています。一方、遺伝子材料の輸出は、輸入国が自国の肥育産業を長期的に育てたい場合に有効です。例えば、ニュージーランドは羊肉輸出の主力を冷凍肉に移行し、同時に遺伝子材料の輸出も拡大しています(ニュージーランド一次産業省、2023年)。このような多角的なアプローチが、生体輸出に代わる持続可能なモデルとして注目されています。
生体輸出をめぐる主な批判とそれに対する反論
生体輸出の実務者や輸出業者は、しばしば次のような反論を展開します。一つ目は「我々の輸送方法は常に最新の国際基準を満たしており、批判は過去の事例に基づく」という主張です。二つ目は「生体輸出は、冷凍肉に頼るより栄養価が高く、現地の消費者が好む」というものです。三つ目は「規制強化は輸出国の経済を不当に傷つける」というものです。
しかし、これらの反論に対するエビデンスは乏しいと専門家は指摘します。オーストラリアの王立動物虐待防止協会(RSPCAオーストラリア、2022年)の研究では、最新の輸送技術を用いても、長距離航海における熱ストレスや感染症のリスクをゼロにすることは不可能であると結論付けています。また、栄養価に関しては、冷凍肉と生体輸入肉の間でタンパク質含有量や必須アミノ酸の構成に有意な差はないことが示されています。経済的な損失の懸念に関しても、ニュージーランドが生体輸出を禁止した後も、羊肉の輸出総額は成長を続けており、代替輸出への移行が経済的にも可能であることを証明しています。
「重要な統計:ニュージーランドは生体輸出を禁止した後も、羊肉輸出額を維持・拡大することに成功した(ニュージーランド統計局、2023年)」
日本の畜産と生体輸入の現状
日本の畜産は、国内で飼養された家畜がほぼ全て国内で屠殺・加工されるため、生体輸出の主要な輸出国でも輸入国でもありません。しかし、日本は生体輸出の文脈で完全に無関係であるとは言えません。なぜなら、日本はオーストラリアや米国から遺伝子材料(精液や受精卵)を輸入し、国産牛の改良に活用しているからです。また、日本の商社はオーストラリアの畜産農場への投資を通じて、間接的に生体輸出産業に関与している場合があります。
日本人消費者にとって重要なのは、海を越えて運ばれてくる食肉の多くが、生きた動物ではなく冷凍または冷蔵の屠体であるという事実です。日本の輸入牛肉の大部分は、オーストラリアや米国から冷凍・冷蔵の状態で届けられており、動物の輸送に伴う福祉問題は相対的に少ないと言えます。ただし、台湾や韓国などの近隣諸国では、生きた牛の輸入事例が過去にあり、その都度動物福祉団体から批判が寄せられています。日本が畜産物の主要輸入国として、サプライチェーン全体の動物福祉基準を問う立場にあることを認識することが重要でしょう。
生活者としての実際的なチェックリスト
生体輸出の問題に対して、生活者として具体的に何ができるのかを、実践的なチェックリストにまとめました。これらの項目は、完璧を目指すのではなく、可能な範囲で段階的に実践可能な内容です。
- ✅ 購入する食肉のパッケージに原産国と加工地の両方が明記されているか確認する
- ✅ ハラール認証マークを探す際は、冷凍肉でも認証が取得できることを理解する
- ✅ 外食時にメニューの産地情報が不明な場合は、店舗に問い合わせる習慣をつける
- ✅ 動物福祉認証(認証アニマルウェルフェアなど)を持つ製品を優先的に選ぶ
- ⚠️ 遺伝子材料の輸入に関わる研究や教育に補助金を出している畜産団体を調査する
- ⚠️ 生体輸出を公然と支持する政治団体やロビー団体への寄付を控える
- 🌱 週に1回でも植物由来のタンパク質に置き換え、畜産物の総需要を減らす
- 🌱 地元の直売所や産直市場を利用し、輸送距離の短い畜産物を選ぶ
- ♻️ 残飯を減らし、食品ロスを減らすことで畜産物の過剰生産を抑制する
- 📉 SNSで生体輸出の現状に関する情報をシェアし、消費者の関心を高める
最後の項目である情報共有は、一見すると直接的な行動に見えないかもしれませんが、公共の議論を促進し、企業の責任ある調達を促す力があります。実際に、イギリスやドイツでの生体輸出禁止は、消費者の社会的関心の高まりが原動力となった側面が大きいとされています(欧州動物福祉連盟、2022年)。一人ひとりの選択が、市場と政策を変える起点になるのです。
輸出国別のステークホルダーの立場と動き
生体輸出をめぐる状況は、輸出国ごとに利害関係者の立場が異なります。オーストラリアでは、大規模な輸出業者と畜産農家が輸出の継続を主張する一方で、動物保護団体や一部の政治家が段階的な縮小を求めています。オーストラリア政府は、輸出基準の厳格化と船上獣医の常駐義務化を進めており、2023年には熱ストレスモニタリングシステムの導入を義務付けました(オーストラリア農業省、2023年)。
米国は主に牛の生体輸出を行っており、メキシコやカナダとの近距離輸送が中心です。このような地理的条件から、米国の生体輸出は長距離海路輸送よりも福祉リスクが低いとされています。ブラジルは牛の生体輸出を拡大しており、中東や東南アジア向けの輸出が増加していますが、港湾施設や輸送船の動物福祉設備にはまだ課題が残されています。リスクが最も高いのは、輸送距離が長く、気候条件が厳しい地域への輸出であり、例えばオーストラリアから中東への羊の輸出や、ブラジルから中東への牛の輸出が挙げられます。
未来への展望:技術革新と規制強化の行方
生体輸出の未来は、技術革新と規制強化の相互作用によって形作られると考えられます。輸送技術の面では、船上のAIモニタリングシステムやリアルタイムの健康管理装置の開発が進んでいますが、こうした技術が長距離輸送の本質的なリスクを除去することはできません。むしろ、遺伝子工学と生殖技術の進歩により、冷凍精液や受精卵の輸送効率が向上し、生きた動物を運ぶ必要性自体が徐々に減少しています。
規制面では、EUの動物輸送規則の全面改訂が進行中であり、輸送時間の上限として、牛と羊で8時間、豚で6時間という案が議論されています(欧州委員会、2023年)。この規制が成立すれば、EU域内およびEUから第三国への長距離輸送は事実上禁止されることになります。同様の規制強化は、南米諸国でも一部導入が始まっています。ただし、国際的な合意には至っておらず、輸出国と輸入国の経済的なインセンティブが優先される場面も多いのが現状です。最終的に、生体輸出が縮小するか続くかは、消費者の選択と市民社会の圧力にかかっています。科学と倫理の知見が広がるにつれて、多くの国で生体輸出ではなく、代替輸出への転換が進む可能性が高いと専門家は予測しています(世界動物保護協会、2023年)。
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